コラム・
インフォメーション

  • 言語・文化の壁を越える調査 ─ 「観察と記録」という基本

    前稿で、国際結婚や外国籍の方が関わる案件における、文化的背景への配慮について触れました。本稿では、もう少し具体的に、言語と文化の壁を越えて調査を進める際の、姿勢の話を整理します。

    言葉が通じない、文化が違うという状況は、調査の難易度を確かに上げますが、同時に「観察と記録」という調査の本質を、もう一度見つめ直す機会にもなります。2001年からこの仕事を続けるなかで、言語と文化の壁を越えた案件で改めて気づかされるのが、「観察」という仕事の力です。

    言葉に頼らない観察

    言語の壁がある現場では、対象者と相手方のやり取りを言葉として聞き取ることが難しくなります。けれども、それでも観察できる事実は意外なほど多くあります。実は、日本人同士の現場でも、私たちは会話の内容を聞き取ることはほとんどありません。離れた位置からの観察で、会話の中身は聞こえないのが通常です。それでも、二人の関係性を示す事実は十分に集まる。これは、外国籍の方が関わる現場でも同じです。言語が分からないことは、調査の本質的な限界にはなりません。むしろ、観察の精度を改めて意識する機会になります。

    写真と動画の力

    言語と文化の壁を越えた案件では、写真と動画の素材が、特に重要な役割を果たします。写真と動画は、言語の翻訳を必要としません。誰が見ても、写っている事実が直接伝わります。日本人のご依頼者、外国籍のご依頼者、日本人の弁護士の先生、外国籍の方を扱う実務に詳しい先生、誰が読んでも同じ事実が伝わります。このため、外国籍の方が関わる案件では、文字情報よりも視覚情報の比重を高めた報告書の作り方が、効果的になります。

    ただし、写真と動画にも限界があります。撮影の角度、解像度、タイミング、撮影者の特定など、書証としての要件は外国籍の方が関わる案件でも同じです。むしろ、文化的・言語的な解釈の余地を最小限にするためには、写真と動画の品質をより高く保つ必要があります。

    「文化的解釈」を報告書から排除する

    外国籍の方が関わる案件の報告書を作る時、特に意識しているのが、文化的な解釈表現を排除することです。「親密に見えた」「不自然に近い距離だった」「外国の方らしい振る舞いだった」といった文化的な評価表現は、報告書には書きません。文化的背景が違えば、距離感や振る舞い方の解釈も変わりますから、評価表現が含まれていると、報告書全体の信用度が下がってしまうのです。

    代わりに、観察された事実だけを記述します。判断は、報告書を読まれた弁護士の先生や裁判所の方にお任せする。これが、文化的背景に左右されない、強い報告書の作り方です。なお、具体的にどう書き分けるかは、裁判書証としての報告書全般に共通する技術であり、当事務所が裁判実務の経験から積み上げてきた領域ですので、ここでは詳細を控えます。

    通訳を介する打ち合わせの工夫

    ご依頼者が日本語以外の言語をお話しになる場合、信頼できる通訳の方にご一緒いただく必要があります。通訳を介する打ち合わせには、独特の難しさがあります。話の細かいニュアンスが伝わりにくい、ご依頼者の感情の機微が翻訳で薄まることがある、誤解が生まれた時に確認するのに時間がかかる、など。

    私たちは、通訳を介する打ち合わせでは、いくつかの工夫を心がけています。一つひとつの質問を短く明確にすること。お答えを必要に応じて書面で確認すること。通訳の方にも、案件の性質と守秘の重要性を最初にお伝えすること。通訳の方の選定にも慎重さが必要です。可能であれば、調査会社や法律実務の場面での通訳経験がある方をお願いします。

    報告書の翻訳の扱い

    報告書を、ご依頼者の母国語に翻訳してお渡しするかどうかも、案件ごとの判断になります。ご依頼者が日本語をある程度お読みになれる場合は、日本語の原本を中心にお渡しし、必要な部分だけ口頭で補足する形が一般的です。日本語が難しい場合は、翻訳版を別途用意することがあります。翻訳は、法律文書や調査報告書の翻訳経験がある方にお願いします。翻訳版は法律実務の場面では原本の参考訳としての扱いになり、書証として正式に使われるのは日本語の原本になることが多くあります。

    「日本社会のルール」を共有する

    外国籍のご依頼者の場合、日本社会の慣行や法律のルールを、ご依頼者に共有することも、私たちの仕事の一部になることがあります。慰謝料請求の制度、内容証明郵便の意味、家庭裁判所の役割、調停と訴訟の違い、お子様の親権に関する考え方など、日本の制度の基本的な部分について、ご依頼者に理解していただく必要があります。これらは本来、弁護士の先生からご説明いただくのが正式ですが、調査会社の側でも、ご相談の場で基本的な枠組みをお伝えすることがあります。母国の制度と日本の制度のあいだのギャップを埋めるお手伝いも、外国籍のご依頼者に対応する調査会社の役割のひとつです。

    文化的に踏み込まない節度

    最後に、文化的な背景に関わる案件で守っている節度について申し上げます。ご依頼者の文化、対象者の文化、相手方の文化。これらすべてに対して、調査会社が「踏み込みすぎない」という節度が必要です。「あの国の文化ではこうだから」「あの宗教ではこうだから」といった一般化された解説を、私たちは口にしません。それぞれのご家族のあり方は、個別具体的なものです。文化はあくまで背景であり、個人のあり方を決定するものではありません。文化的な背景を理解しつつ、それを判断の理由にしない。この姿勢が、外国籍の方が関わる案件で最も大切な構えだと考えています。

    結びに

    言語・文化の壁を越えた調査の組み立ては、「観察と記録」という調査の本質を、もう一度見つめ直す機会になります。言葉に頼らない観察、写真と動画の力、文化的解釈の排除、通訳を介する打ち合わせの工夫、報告書の翻訳の扱い、日本社会のルールの共有、文化に踏み込まない節度。これらすべてが、外国籍の方が関わる案件における、地味で本質的な仕事の積み重ねです。長くつくばで仕事を続けてきて、つくばに住む多様な背景の方々のご相談に応じることができるよう、私たちは少しずつ自分たちの構えを更新してきました。

メール相談 LINE相談