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既存事務所との関係整理 ─ 引き継ぎを円滑に進めるために
立て直し案件では、前の事務所との関係をどう整理するかが、最初に直面する実務的な課題になります。前回の契約が今どういう状態にあるのか、調査素材は誰の手元にあるのか、報告書は受け取り済みか、未払いの費用はないか。こうした事柄を一つひとつ確認しないまま新しい調査に進むと、後になって思わぬ問題が出てくることがあります。
2001年からこの仕事を続けるなかで、既存事務所との関係整理は、立て直しの初期作業のなかでも特に丁寧さが必要だと感じています。前の事務所を悪く扱うことなく、依頼者の手元に必要な素材と情報が揃う状態を作る。そのための道筋を、本稿でお伝えします。なお、本稿で扱う「関係整理」は、対立や交渉ではなく、淡々と区切りをつけるための実務手続きを指します。
まず契約の状態を確認する
最初に確認するのは、前の事務所との契約がどういう状態にあるか、という点です。調査がすでに終了しているのか、まだ継続中なのか。契約期間内なのか、期間を過ぎているのか。報告書はすでに納品されているのか、待っている段階なのか。これらが曖昧なまま動き始めると、依頼者の側に二重契約のような状態が生まれかねません。依頼者にお願いして、前の事務所との契約書を打ち合わせの場に持参していただきます。書面を確認しながら、現在の状態を整理していく。書面が手元にない場合は、メールや受領書、振込明細など、契約の経緯を示せる記録を確認します。
受け取るべきものは受け取る
契約状態の整理が終わった後で行うのが、「依頼者として受け取るべきものを、きちんと受け取る」作業です。調査が終了しているなら、報告書、写真や動画の元データ、領収書、業務完了の連絡。これらは依頼者の権利として、前の事務所から受け取れるはずのものです。なかには、口頭で「終わりました」と告げられただけで、書面の納品を受けていない方もいらっしゃいます。依頼者と一緒に、「今、何が手元にあって、何が足りないか」を一覧にすることがあります。足りないものがあれば、それを前の事務所に請求していただく。請求の言葉や、文面の整え方について、必要であれば一緒に考えてまいります。
円満な区切り方を選ぶ
依頼者のなかには、前の事務所との関係を「とにかく早く切りたい」とお感じになる方もいらっしゃいます。お気持ちは理解できます。けれども、感情的に区切ろうとすると、かえって余計な摩擦が生まれることがあります。円満な区切り方をお勧めすることが多いものです。たとえば、「これまでの調査については一区切りとさせていただきます。お預けしている書類等の返却をお願いいたします」と、淡々と書面で伝える。理由を細かく書く必要はありません。円満に区切ることは、前の事務所への配慮であると同時に、依頼者ご自身の心の整理にもなります。次の調査を進める前に、ひとつ前の章を静かに閉じる。立て直しのスタート地点を整える、大切な準備になります。
残された費用の問題
立て直し案件で、ときに難しいのが、前の事務所への未払い費用の扱いです。契約上、調査の完了に伴って残金の支払いが必要な場合があります。一方で、依頼者の側から見ると、結果に満足できなかったために支払いを留保している、というケースもあります。私たちは、こうした費用の問題に立ち入る立場にはありません。けれども、依頼者がこの問題で身動きが取れなくなっている時には、弁護士の先生にご相談されることをお勧めします。法律実務の側から、契約内容と実際の調査内容を照らし合わせ、適切な落としどころを助言していただける場合があるからです。費用の問題を抱えたまま新しい調査に進むのは、依頼者の心の負担も大きい。これを整理する筋道を、最初の打ち合わせでお伝えするようにしています。
私たちは前の事務所を批判しない
立て直しを引き受けるうえで、一貫して守っている姿勢があります。それは、前の事務所を批判しない、というものです。依頼者からのお話を伺うと、前の事務所のやり方に首を傾げざるを得ない場面が出てくることはあります。それでも、私たちは「あの事務所はひどい」と口にしません。同じ業界の中で批判の応酬を始めれば、結局は依頼者の信頼そのものも揺らいでしまうからです。私たちがすべきは、起きてしまったことを構造的に把握し、立て直しに活かすことです。前の事務所がどうだったかを語るのではなく、これから何をどう変えるかを語る。立て直し案件における姿勢の基本を、ここに置いています。
データの移管と保管の手続き
実務上、特に注意が必要なのが、調査データの移管と保管の手続きです。前の事務所から受け取る写真や動画のデータは、依頼者の手元に来た時点で改めて保管方法を整える必要があります。複数の媒体に分散して保管する、私的なメール添付で送り合わない、共有クラウドの設定を見直す。こうした基本を確認するだけでも、データが意図せぬ形で漏れるリスクを下げられます。私たちも、預かったデータの取扱いを依頼者にお伝えします。どのように保管し、調査が終わった後にどのように廃棄するか。前の事務所での扱いに不安があった方ほど、ここを丁寧に説明することで、改めて信頼の入口を作っていただけます。なお、前の事務所から受け取った素材を、私たちが「自分の調査結果」のように扱うことはありません。出所と作成者を明確に区別したうえで、参考資料として位置づける。これが、業界としての最低限の節度だと考えています。
結びに
既存事務所との関係整理は、地味な作業に見えるかもしれません。けれども、ここを丁寧に通り抜けないまま新しい調査に進むと、後で必ずどこかで足が止まります。立て直しは、過去の章をきちんと閉じてから始めるのが原則です。前の事務所との関係を、感情ではなく実務として整える。残された素材と情報を、きちんと依頼者の手元に集める。連絡や請求のやり取りを淡々と進めて、ひとつの区切りを作る。その整理が終わった時、依頼者の表情は少し変わります。前の調査が終わっていなかったことの重さから解放されて、ようやく次の章を開く心の余裕ができる。立て直しの旅は、この区切りから本当に始まるのだと、長くこの仕事を続けてきて感じています。